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美大日記::東海大のMOTSU

「さよなら三月、またきて四月」

  • 2013年3月31日 09:30

 今日で3月が終わり、明日から4月が始まります。

気が付けば、踏み出してからまた1年が経とうとしています。

これまでは遥か彼方に感じていた4回生へいま足を掛けようとしています。

大学に入ってからというものの、「明日から2回生です」「これをすれば3回生です」「ここまでくれば4回生です」明確な線引きが無いまま此処まで来ました。気が付けばあっという間に1年365日を食い潰して、僕は大学生活最後の1年へ漕ぎ出そうとしています。

 

それはそうと私がこのブログで筆を握ってからあと1ヶ月程で1年になります。

「美大のリアルを伝える」という大義名分を悉く無視し、満ちていた気力と熱意は蒸発。

漫然と愚にも付かない駄文を量産する害悪ぶりは、美大日記史上に名を残すと思われます。

 

ですが、折角4月という門出を目前にしているので、それらしい事を書こうと思います。

今日は過去を振り返りながら、私が大切だと感じた3つの事を書きます。

 

1・時間は何時だって足りない。

やりたい事はきっと数え出すと指が100本あっても足りません。「指が100本あれば数えられるのに」と思っても、指は10本しかありません。これは時間も同じで、「1日が100時間くらいあればいいのに」と思っても、1日は泣いても笑っても24時間しかありません。

つまり大学生活は枠の決まったパズル。

大切な事は枠を拡張しようとする事よりも、そのパズルを4年間で如何にムラ無く鮮やかな作品に仕上げるかという事だと思います。

勉学、制作、アルバイト、サークル、団体運営、旅行、恋愛、ボランティア、
趣味、習い事、インターン、就活 etc..

ピースに成り得る素材は指の数よりも多い。元々時間は圧倒的に足りていないんです。

だからその中から否が応でも取捨選択をしなければなりません。でも大丈夫です。その瞬間瞬間、自分で「これだ」と感じて選び取ったものであれば、捨てた物への後悔よりも、選んだ物への自信が勝りますから。

時間は大切に。

 

2・意識は低くても良い。

近年は特に揶揄されがちな「意識の高い学生」。

「起業しました」「起業にコンサルしています」「学生団体の代表です」

「ボランティア活動をしています」「コミュニケーションを大切にしています」

こうした肩書きを並べる学生達が総じてそう呼ばれますが、3年間で感じた事は、

何も世界を救う程の理想を追いかけなくたっていいって事。誰にだって世界を救える訳ではありません。誰にだって年商100億のベンチャー起業を生み出せる訳ではありません。誰にだってコミュニケーションで人をハッピーに出来る訳ではありません。

そんな意識の高い学生たちをみて、気負いする事はないのです。

世界を救うのも、100億のお金を動かすのも、人をハッピーにするのも、放っておいても他の誰かがやります。

大切な事は、そんなことよりも自分が本当にやりたい事を見つける事、そしてそれに対して掲げた目標をどこまで行動に落とし込めるかです。だから例えばやりたい事が「ダイエット」だって良いんです。ダイエットをすると心に決め、計画的に食事のバランスを整え、運動を行い、シェイプアップ、体重減少を実現する。これも立派な行動です。

何をしていようとも、「理想→行動」この関係図を徹底出来る人間が何時だって最強です。

 

3・意味の無い事なんて1つも無い。

大学生活とは恐ろしいもので、その日々がルーティン化すると人間は酷く堕落します。

講義→バイト→寝る→起きる→講義→バイト...

こんな循環は卒業間際になって多くの学生を後悔に至らしめます。これは1の時間の使い方にも関連しますが、兎角、何か1つの事に夢中になってみて下さい。仮にその瞬間、あなたにとって無意味に感じても、あとあとその意味に気が付く事だって往々にしてあります。何せ時間はこうしている間にも経過し、未来は現在に、現在は過去に、絶え間なく移ろっている訳ですから。人もまた同じく、絶え間なく変化しています。だから何でもやってみて下さい。下らない事、ヤバそうな事、何だって良いんです。そういう事が出来るのも、大学生の特権です。ガンガン公使する方がお利口だと思いませんか?

夢中になった何かは、いつか「あなた」の存在をキチンと証明してくれるはずです。

 

 

さて、エラそうに書き綴りましたが、僕が大学生活を振り返って感じた事をまとめてみました。

このエントリーも、あと5年もすればきっと目も当てられないような黒歴史になっているのでしょうか?

その時は、また新しい黒歴史で塗り替えて頂く事にしましょう。

 

4月から始まる新しい生活、楽しみましょう。

私は今日も元気です。

「かいがい と にほん」

  • 2013年3月 5日 22:05

 最近思った事を書きます。

 
「意識の高い学生」という言葉が世間に浸透して早幾年。
最近は日本の事もロクに説明出来ない割に「日本は終わってるから海外行くしかない」と口にする学生が異様に増えたと思います。
 
自国内ですらままならない勉学や仕事が、海外に行けばすべてスッキリ丸く収まって滞りなく人生が進むのでしょうか。決してそうでは無いと私は思います。
 
 
今は「世はグローバル」に追い風が吹いている状態ですが、先日"海外熱"の高まっている友人に「何故海外へ行くのか」という本質的な問いを投げたら「日本は終わってるから」とテンプレ通りの答えが返ってきました。
 
んー、そもそも「日本が終わってるから」は何処からやってきたんでしょう。終わってる終わってると言われても、実家で食べるご飯は美味しいですし、お風呂も布団も暖かくて、このどこが終わっているというのでしょう。むしろ始まってますよ(?)。
 
(書き方が悪いかもしれませんが、)後進国よりもよっぽど豊かだと私は思いますね。
 
 
別に消極的な意味でなく、
わざわざ海外へ出て行かなくたって、日本という国だけで人生ってある程度充足しませんか?
 
と、思っている私は未だグローバルの追い風を掴めていない情報弱者なんでしょうか。
まぁ幸せは個々人の感じ方そのままでいいですよね。
 
ビバ日本。温泉に行きたいです。

「IGNITEjapan -AKQA x applim-」

  • 2013年3月 5日 14:40

 
2/26 - 3/2の5日間、「5年前では実現できなかったアイデアを考案してください。」という課題に取り組むワークショップにチームで参加しました。

本ワークショップの主催である世界的なクリエイティブエージェンシーであるAKQAが手がけるFuture Lionsという国際学生アイデアコンペへのエントリー作品を探す目的もあったそうです。

AKQAのCCO レイイナモト様やPDDのデザイナー 石川俊介様、コミュニケーションデザインで知られる電通の岸勇希様にフィードバックを頂きながら課題に取り組み、5日目である最終日は皆様の前でプレゼンを行い、審査員各位の個人賞とグランプリを選出しました。


結果ですが、受賞は逃しました。


5日間、本当に「良いアイデア」の事だけを考え続けていたが故に、凄い悔しい気持ちでいっぱいです。

自信を以て望んだアイデアの提案でしたが、最終プレゼン後のフィードバックを受けてまだまだまだまだ勉強だなぁと痛感。

ですが、その分飛躍的に成長できたと思います。
アイデアをロジカルに整理するスキルや、良いアイデアの本質、それらが人に齎す物、アイデアの考え方/組み立て方を学びました。

3年間デザインを学んだ学生ですが、恥を忍んで正直に言うと3年間の大学教育よりも顕著に成長を感じる事が出来ました。

こう考えると、悲しいことや悔しいことばかりではありません。

これからは切り替えて就活頑張ります。

それとレイさんがワークショップの最後に仰った言葉。
「カンヌで待ってます」

本当にクールで、まさにIGNITEされた学生はきっと僕だけじゃないはずです。

例え世界に羽ばたくようなアイデアを考案できなくても、せめて誰か一人心を動かしたい人にって良いアイデアを生み出せるような人間になりたい。そんな事を感じた5日間でした。

世界は広い。


IGNITEjapan アイデアは国境を超える。
http://applim.jp/ignite/

Future Lions
http://www.futurelions.com/

「魔窟」

  • 2013年1月30日 14:39

 

あけましておめでとうございます。

皆様、如何お過ごしでしょうか。

新年も明けてはや幾星霜。白々しさと共にお送りしております。

 

美大日記から除名も近い事と思いますが、遺言も兼ねて近況報告。

 

 

1.就職活動

昨年12月頭より企業情報が解禁され、本格的にスタートした就職活動。
僕は美大日記の目も当てられないような杜撰な更新頻度を余所に広告業界を志望し、日々ES(エントリーシート)や基礎学習、自己分析と格闘する日々です。これもまた日本人の特性なのか、はたまた就活生の風潮なのかはわかりませんが、仲の良い友人同士でも志望業界の話をしても具体的な志望企業名を皆 口にしたがりません。まぁ落ちたときの事もあるので、大企業志望なら中々口に出来ないのも頷けます。

僕は大学3年間、空間デザインに傾倒しておきながら就職活動を節目に言葉を仕事にしようと一念発起し、強い逆風の吹きすさぶ広告業界へと爪先立ちで踏み込んで行った絵に描いたような愚か者なので、これから就職活動に臨む大学2回生は是非とも僕を他山の石として就職活動に邁進して下さいね。

 

"兎角、準備は早いに越した事は無い"という事を、就活生の立場から強調しておきます。

美大の方であれば、早いうちから作品のブラッシュアップを進めてポートフォリオのプロトタイプを作り就活用にまとめ始める作業を進めると良いと思います。3年間も大学へ通うと、自主制作に授業課題も含め作品数はかなりのボリュームになっているはずです。というか、嫌でもなります。PF制作は一朝一夕で済む作業でもないので、今のうちからキチンとまとめていけば夏のインターンでもきっと活躍するはずです!...と、当たり前の事も折角なので書いておきます。

 

2.ワークショップ

これも割と急でしたが、「新しいマーケティング手法にふれ、 新しいマーケティング手法をつくる。」をコンセプトに、学生を対象としたセミナー・マーケティングコンテストを主催・運営する学生団体 applim(http://applim.jp)と、NIKEやハイネケン,X BOXをクライアントに持つ世界的にも評価の高いクリエイティブエージェンシー AKQA(http://www.akqa.com)のコラボワークショップにチームで参加する事になりました。チームには前回記事で紹介したSFF2012の代表も参加しており、今回のチームは僕みたいなポンコツが一瞬で蒸発してしまうくらい優秀な方々 + クズで構成されたチームです!

 

今回のワークショップ課題は「5年前では実現できなかったアイデアを考案してください。」というテーマで取り組みます。これはAKQAが2005年に開始した「Future Lions」という全世界の学生を対象にカンヌ国際クリエイティビティー祭を舞台にしたコンペと同じ課題で、コンペでは毎年6月に5つの優秀作品がカンヌで発表されています。(公式ほぼ抜粋)

たった5日間のワークショップですが、行程を見ると非常に密度の高い内容となっているので、広告業界を志す学生としてはワックワクです!

参加募集は昨夜21:00の開始から1時間で定員に達して終了してしまいましたが、今後の経過はまたWebでも発信されると思うので、興味のある方は是非ご覧下さい!

 

詳しくは下記URLで!

IGNITEjapan アイデアは国境を超える。 - http://applim.jp/ignite/

 

以上で遺書の序章は終了です。
しぶとく生きてゆく事が最早ライフワークとなりつつある僕は、遺書の次章を書いてやりますよ!

ではでは。

「SFF 2012」

  • 2012年12月30日 17:20

 

こんばんは。

詐欺師のMOTSUです。書く書く詐欺の被害に遭われた方が一体どれほどいるのでしょうか。

最早情状酌量の余地は無く、余罪の追及が急がれている事かと思います。

 

さて、今月の2日に無事21歳の誕生日を迎えた僕ですが、その後何をしていたのかというとバイト傭兵を兼務しながら閻魔様の采配で課題地獄にて白目を剥く仕事に注力しておりました。

 

書きたい話題はたくさんあるのでが、とりあえずここ最近までしていたことにてついて書きます。

実は私、北海道で暮らしていながら東京で活動するSFF(Student Freepaper Forum)という学生フリーペーパーのイベントを主催する団体のスタッフをさせて頂いておりました。

SFFは「学生フリーペーパーの祭典」を冠するイベントで、全国中にある学生フリーペーパーのNo.1を決めるイベントです。

 

それで先日26日がイベントの当日だったのですが、その前の23日と25日にリハーサルや会議があり、その2日間が私が団体に本格的なコミットした日でした。

それまで地方で細々と有るようで無いタスクをモタモタこなしながら烏滸がましくWebのメンバー一覧に軒を連ねていた私でしたが、「急に会議やリハーサルに参加して付いていけるのか?足引っ張ってるんじゃないの?というか邪魔なんじゃないの?まずそもそも私行く意味ある?無くない?ねぇ無くない?」と23日 ミーティングの場所の手前まで来たところで持ち前のネガティブさが発現し、加えて湧き出る緊張とがイオン化結合を果たしメンバーの知らないところでマッドサイエンティストも泣いて逃げ出すような恐ろしい化学実験が行われていました。

 

しかしそんな約7分弱の葛藤と実験を余所に、部屋に入った瞬間 暖かく迎えてくれたメンバー。

泣くかと思いましたね。(本音)

化学反応を起こし収拾の付かなくなったドス黒く濁った何かは「この人たちと仕事がしたい」という透明でクリーンな衝動に変化し、私の中で大きな転機となりました。これまで顔を付け合わせたこともなければ話した事もない私を、まるで最初から居たメンバーのように。正直、今までこんな団体に出会った事はありませんでした。

 

そうして23、25で高めまくった意識(と、相対して追いつかない技術と知識)を以て迎えたイベント当日。

 

当日は応募のあった学生フリーペーパー115団体の中で厳しい審査を勝ち抜き、栄えある決勝戦まで上り詰めた5団体のプレゼンテーションを行いグランプリ、準グランプリ、各種賞を決定しました。

 

決勝戦の審査員には雑誌「Pen」の編集長である安藤様や、コピーライターの谷山様をはじめとして広告・メディア業界の最前線をリードする方々にお越し頂き、東京メトロ各駅構内で配布されているフリーペーパー「metro minutes」の編集長である渡辺様には講演会も開いて頂きました!

 

豪華なゲストの方々を横目に、私は団体が保有するFacebook やTwitterのアカウントの管理、ゲストのおもてなしを担当致しました。どちらも丁寧さと正確さが要求されるポジションで、当日は多忙にあかせて会場内を走り回ったりMacのモニターにかじりついたりしていました。

兎角、楽しかった。(結論)

 

本当はもっと書きたい事がたくさんあるのですが、書きたい量が膨大でいざ書き出すとハードカバーで上下巻の本が出来上がってしまいそうなので割愛します。

 

「おいなんだよ!もっとちゃんと書けよ!」とお怒りの方は、SFFの公式アカウントをご紹介致しますでそちらをご覧下さい!

 

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SFF - 公式ページ
http://sff-web.com

 

SFF - Facebookページ
http://www.facebook.com/sff.web

 

SFF - Twitterページ
https://twitter.com/SFF_2012

Twitterでは#SFF_2012で関連ツイートを閲覧する事も出来ます!


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ということでSFFというイベントを通じて、ほんの少しだけ成長したMOTSUでした。

「I'm ALIVE.」

  • 2012年12月 2日 17:10

 

こんにちは。

お忘れの方も多いようですがMOTSUです。

またも「書くクセをつける!」と啖呵を切ったクセに2ヶ月以上も冷温停止状態だったこのブログですが、12月に入り今度こそ定期更新への路を歩もうと決意を固めた次第です。

 

さて、この2ヶ月間私が何をしていたのかと言うと言うまでもなく"大学の課題"です。

 

大学3回生にもなると中々忙しいですね。

 

加えて昨日から14年度卒の就活も解禁になり、益々忙しくなる事が予想されます。

 

ひえー。

 

とりあえず今日は生存報告だけにしておきます。

 

次はずっと書こうと思っていたテーブルマナーについて書きます。

 

 PS.

私、今日誕生日です。21歳になりました。

「美大のきっかけ」

  • 2012年9月16日 13:35

 

鉄は熱いうちに打て。

若かりし頃に書いた文章は不思議と年を召そうと心に残るぞと祖父が私に言ったような言っていないような。

 こんにちは。更新頻度を上げるべく筆を取ったMOTSUです。

今更ながら、主催の手羽様から頂いたお題「美大のきっかけ」について記事を書こうと思います。

 

さて、本題に入る前に明記しておかなければならないのですが、
東海大学は美大ではありません。

 

「えっ、じゃあなんでお前ここで記事書いてんのよ?」
という疑問には以前の記事でお答えしております。参照して下さいね!

 

では少し答え方を変えましょうか。

「何故美術を学ぼうと思ったのか」

これなら少しは答え易くなると思います。

 

それでは早速、紆余曲折を経た私の人生遍歴を交えつつ美術との関わりを述べようと思います。

 

1.幼稚園

思えばここからアートライフは始まったと言わざるを得ません。

私はこの頃から絵を描く事が大好きでした。

(今でもそうですが)どちらかというとインドア派で、
外でサッカーをして泥んこまみれになっている子供たちを横目に部屋であやとりにや折り紙に勤しむような子供でした。言わずもがなぼっちでしたよ。えぇ。

兎角、あやとりにしろ折り紙にしろ絵にしろ、手を動かす事が大好きだったんです。
無論、みんなで取り組む工作にも熱中していた記憶があります。

そのときの私は「こんなに楽しい事があるんだ」と強く感動しましたね。

 

2.小学校

小学生に入ると"図工"という授業が登場しました。
もう本当にそれこそ我を忘れて夢中になったのを覚えています。

変な話ですが、成績もそれなりに良く先生には叱られるよりも褒められた記憶が多いと思います。

そこから更に美術に傾倒し、小学3年生頃から油絵教室に通い始めました。

教室では主に果物や生活用品、いわゆる静物の絵を描いていた訳ですが、
この頃から自身の将来を大きく左右する重大な事実に気が付き始めます。

「あれ?自分、絵下手クソじゃね?」

卒業文集にはブレ始めた軸と自意識が焦点を求めて彷徨った結果、「弁護士になりたい」と今思えば完全に世迷言とも取れる事を書いてしまいました。

ですがこれも美術におけるセンスのなさを自覚した自分と現実的な自分像を追い求めた結果。

若さ故の過ち。冷静に考えて、こんなヤツが司法試験をパスして弁護士になんてなれる訳はありません。

 

3.中学校

思春期街道を全力疾走。
血涙を修正液に見立て黒歴史を黒歴史で塗り替える作業に力を注ぎ続けた3年間。

現在の私がここまで歪んでしまったのもこの歴史の闇に葬られた3年間にその原因があったからと考えています。

そしてその刹那、"図工"という授業は"美術"と名を変え再び眼前へ。

またも夢中になりました。こんにちは。単純な男です。
中学で一番はじめに好きになった子も、惹かれた理由はその子が描く絵が凄く好きだったという理由でした。

一度は下手だからと切り捨てた美術がこうもしつこく付き纏うとは当時の私は想像もしていませんでした。

そうして美術と真剣に向き合った結果、私は決めました。

「ああそうか、決めたよ。私はパイロットになりたい。」

 

(※以下、「えっ?」禁止)

 

4.高校

都内の付属校へ進学。入学して直ぐのクラス分けで、生粋の文系人間があろうことか理系を選択。

魔が差した。この時から私の転落人生は始まりました。
パイロットになりたいという人生で2度目の世迷事を中学卒業の修めの言葉として文集に書きなぐり、出来もしない理数の道(もとい、茨の道)へ駒を進めました。

その後、半ば苦行とも取れる理数授業に悶え苦しみ喘ぐ2年半を過ごし、成績は低迷。

パイロットになりたいという戯言も気が付けば口にしなくなり、完全に進路迷子となりました。
「またも私はこうして人生を棒に振ってしまうのか」と思い詰め、ついにシーンは終盤の進路選択へ。

付属大学のオープンキャンパスや説明会、諸々のイベントに参加したものの答えは出ず終い。

「自分はこのまま何者になるのだろうか。」と割とリアルな悩みに頭を抱えました。

しかしあるとき、ふとしたきっかけで自体は一変。美術の道へ再び歩き始める事になりました。

そのきっかけはたまたま訪れた大手の家具屋さん。
私は高校に入ってからというものの家具屋で家具やショールーム・モデルルームを見る事がとても好きになり、「あぁ、ここなら何時間でも居られるなぁ」と思いました。ですがこれはあくまで趣味の話。

けれどそのとき進路に頭を抱える私が家具屋さんに訪れたとき、どうした因果の巡り合わせか、従来の学説をひっくり返すような化学反応「えっ、これを勉強しちゃえばいいんじゃないの?」が起こり、闇に閉ざされていた将来が豁然と開け、一瞬にして進路が確定。

こうしてインテリア、つまり空間デザイン(広義での美術)を学びたいと考える志高い高校生が1人出来上がりました。

 

5.大学

入学当初は先輩たちがこぞって「最初に決めた方向性も、3回生で変わるよ」と私に吹聴してきましたが、不思議と今も変わらずインテリアを勉強しています。

私の大学は以前の記事でも紹介させて頂きましたが昨年度を以て募集が停止され、いま1回生の学生が居ません。

ですが、もしもこれからデザインをアートを志す高校生が居たらひとつアドバイス。

貴方が趣味だと思っている事も、世の中にはそれを仕事にしている人が居ます。
もしも貴方がそれを望むのであれば、迷いを振り切ってでも進むべきです。
好きなだと思う事、楽しいと思う事を勉強する。こんなに美味しい事、世の中を探しても中々無いです。

よく世間では美大は就職難だとか課題が大変だとか囁かれていますが、
就活も今の所は順調ですし、課題も大変だけれど何とかなってます。
それ以上にいま私、すっごい楽しいです。

こんないち学生の生い立ちが参考になったかどうかは解りませんが、少しでも進路選択のスパイスになれば幸いです。

ではこれにて、「美大のきっかけ」もとい「何故美術を学ぼうと思ったのか」の回答記事とさせて頂きます。ご一読、ありがとうございました。

「鬼ごっこという遊び」

  • 2012年9月12日 23:45

  

こんばんは。ご無沙汰しております。

口先三寸。書く書く詐欺容疑でそろそろ警察から逮捕状が出されそうな崖っぷちライター MOTSUです。

 

夏も気が付けば終盤に差し掛かり、残暑と過ごす9月でございます。

今日は私の過ごした今年、2012年の夏の中から気になるテーマを一つピックアップして記事とさせて頂きたいと思います。

 

今日のテーマはタイトル通り、「鬼ごっこ」です。

何故このテーマにしたのかといわれれば、理由は特にありません。

強いて理由付けをすれば、
先日出先近くの公園で炎天下の中を走り回って鬼ごっこをする子供たちを見て、何とも名状し難い郷愁に襲われたからとでも書いておきましょうか。

 

兎角この「鬼ごっこ」という遊び、齢20にして冷静に分析するとトンでもない遊びである事がわかってきます。

まずは鬼ごっこのルールを確認しましょう。

・人数は2人以上

・じゃんけん等で鬼になるプレイヤーと逃げるプレイヤーを決める。

・合図で鬼以外のプレイヤーが逃げ、鬼がそれを捕まえる。

・捕まったプレイヤーは鬼だったプレイヤーと交換。
鬼だったプレイヤーが逃げるプレイヤーへ、逃げていたプレイヤーは鬼になる。

(以下ループ)

 

こんなところでしょうか。

地方によって細かいルールの差はあれど、世間一般的に知られている基本的な鬼ごっこは上記したようなルールであると思います。

 

さて、ではこの鬼ごっこ。

冷静にその遊びを解体し、本質に迫りましょう。

 

まず始めにとは。

 

oniのサムネール画像

 

「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドのイメージが定着した。さらに、陰陽思想や浄土思想と習合し、地獄における閻魔大王配下の獄卒であるとされた。(Wikipedia 「鬼」より引用)

 

いやはや、何とも恐ろしい。

まさに地獄の番人。このような闇の権化を何故子供たちはごっこ遊びと称してまで演じる必要があったのか些か疑問である。

 

では鬼の正体も解ったところで前述したルールと照らし合わせて本質を紐解きましょう。

まずは鬼ごっこの大きなバックグラウンドから。

 

鬼は上記の通り地獄における閻魔大王配下の獄卒である。

つまり、鬼ごっこを行う場所=地獄であることは自明。

そこが地元の公園であろうと、学校の校庭であろうと、鬼が居る限りそこは罪人たちが永遠の苦痛を強いられる地獄以外の場所になり得ません。

鬼ごっこが始まる。それはつまり遊ぶ場所(フィールド)が地獄へとシフトした事を意味します。

終わらぬ輪廻を現世で再現する。人間の飽くなき死生観への探究心がそこにあるに違いありません。

鬼ごっこ、遊戯。否、これは"ごっこ遊び"という皮を被った苦行の1つなのです。

 

 

1,人数は2人以上

最初の人数設定。全てはここから始まる。

鬼は1人では意味がありません。罰を受ける罪人が居てこその鬼です。

更に強い拘束力を持つ人数制限もこのゲームには存在しません。

これは恐らく人の罪は深く、際限が無いという日本古来の宗教観の現れでもあります。

恐らく死後、罪人が三途の川を渡り最初に訪れる地獄の入り口がこの人数設定に当たると思われます。

 

2,じゃんけん等で鬼になるプレイヤーと逃げるプレイヤーを決める。

此処が煩悩の試しの場。じゃんけんによって罰を与える側、罪を背負い逃げる側を決める。

可哀想な子供たち。しかしこれは逃れられぬ運命。永遠に続く苦痛の輪廻は此処から始まる。

更にはじゃんけんという何とも運任せな方法でそれらを分けてしまう。不条理。不条理過ぎる。

たった一度の敗北が、この先の運命を大きく左右する。
地獄へ落ちて尚、神に祈る事になろうとは誰も想像しなかったことでしょう。

しかし此処は世界の最果て、地獄。神仏への祈りなど、鬼に一蹴されてしまうことでしょう。

 

3,合図で鬼以外のプレイヤーが逃げ、鬼がそれを捕まえる。

そしてはじまる罪の清算。一体子供たちが何をしたというのでしょうか。きっと彼らには解らない。

人ならざる存在、鬼を前にし為す術も無く立ち尽くす子供たち。その圧倒的な力、圧巻。

彼らに出来る事はただ出来るだけ鬼から距離を取り、身の安全を確保する事だけなのです。

しかし何れは捕まってしまう運命。此処は地獄。罪人たちはその罪を購う為だけに此処に居る。

現世では「我思う故に我あり」であったかもしれませんが、此処地獄では「我罪購う故に我あり」が基本概念であり、絶対的な法なのです。

 

4,捕まったプレイヤーは鬼だったプレイヤーと交換。
鬼だったプレイヤーが逃げるプレイヤーへ、逃げていたプレイヤーは鬼になる。

非常に哲学的。それまで罪を洗い流す事がだけが全てであった罪人が捕まった瞬間にその役目を終え、次はその罪を咎める鬼となる。そして鬼であったものがその役目を終え、罪人に罰を与えた罰を受ける。

これこそが地獄が地獄たる所以。計算され尽くしたシステム。終わらないサイクル。

鬼ごっこ、此処に極まれりといったところでしょう。

 

 

そしてこの地獄の遊びに明確な終わりは存在せず、半永久的に続きます。

一体誰が何の為にこんな残酷な遊戯を考案したのでしょうか。
地獄の入り口、三途の川の岸には"賽の河原"という親よりも先に死んでしまった子供がその罪を清算する場所があるそうで、そこへ送られた子供たちは来る日も来る日も石を積み上げては鬼に崩され、また積んでは崩されという終わらない作業を強いられているというのです。1つ積んでは父のため。2つ積んでは母様と。鬼ごっこはまさにこの賽の河原と同じであるように思えます。

 

では、この遊戯から学べる事は一体何なのか。
地獄である手前、健やかな体等手に入るはずがありません。

遊戯参加者は全員、閻魔様配下の獄卒である鬼か地獄へ堕ちるべくして堕ちた罪人。

これまでの鬼ごっこの背景を踏まえ、個人的な考察を交えた鬼ごっこから学べる事は以下3つです。

 

1,罪の意識

子供たちへ物事の善悪を説き、社会的なリテラシーを身に付けさせる事は容易でありません。
ましてや大人でさえままならないような事を子供へ説くなどお門違いも良い所です。

しかしそれが子供同士ならどうでしょうか?互いに罪を指摘し合い、償う事の尊さを理解し合う。

その為に誰かが鬼になり、時には鬼も入れ替わり、相互的な関係を構築する。

非常に合理的かつシステマチック。「悪い事をすれば捕まる」というごく一般的な常識を、道徳の学習としてでは無くポップな遊びを通じることで子供たちは確実に学ぶ事でしょう。
 

2,死生観

「人が死んだらどうなるのか」という難儀なテーマは宗教の中でも諸説あります。

しかしどれも死後の世界、今を生きている誰もそれを知り得る事が出来ません。
言葉や絵でそれらをアウトプットする事は可能ですが、子供たちにその世界を理解させる為にはもっとシンプルな方法が必要です。

それがこの「鬼ごっこ」です。実際に子供たち自身が鬼を演じ、罪人との関係性を明確にする。
これほど明快かつ直感的な方法は他にありません。

「人が死ねば、鬼に追いかけ回されるような酷い仕打ちが」という理解し難い死生観を、この遊びでなら学ぶ事が出来ます。「でも全員が地獄へいく訳ではないでしょう?天国へ行く人はどうなるのよ?ん?」と思った貴方。いいですか。人生、どんな時でも最悪のパターンにさえ備えていれば大抵の事は乗り越えられます。そうした人生哲学を実地で学ぶ事もこの遊びの狙いであると考えられます。

 

3,世界の不条理

鬼ごっこには原則として終わりがありません。子供たちは息を切らしながら罪を責めては償う事を繰り返し続けます。しかしそれすらも凌駕する現世の鋼の掟があります。それは「門限」です。

これこそが子供たちの中での遵守すべきルール。破れば即与えられる罰。

遊戯として罪を学び、実際の罰に怯えながら家路に就く。

「おいなんだよこれ。なんなのよ。」

きっと多くの子供たちはそう不満を漏らす事でしょう。多くの戒律によって世界が回り、その拘束の下でしか生きてゆけない事への歯痒さ。これこそが世界の不条理。
これこそが鬼ごっこを通じて最も学ぶべき生きる為に培わなければならない思想なのです。

 

 

さて、長々と書き綴ってしまいましたが如何だったでしょうか?

誰しも必ず一度は経験したことのある鬼ごっこ。実はこれだけ奥の深い遊びだったんですね。 

真夏の炎天下。焦土のような地獄と化した公園で、明日もきっと子供たちはこの遊びを通じて多くの哲学を学ぶことでしょう。

 

「日本語は美しい」

  • 2012年8月13日 21:18

 

Book

先日、TLにこんな記事が流れてきました。

大学生がよく言うイラッとする言葉

2ちゃんねるのスレッドへの書き込みをまとめた記事ですが、ただ何となく面白くなって見入ってしまいました。

書き込んだユーザーの年齢層の区分がどうなっているかは知らないが、世間一般からした「大学生」はやはり上の記事のように見えるらしいです。

 

確かに現在の大学生の多くは日本語に疎く見えます。

現に就活シーンでは"丁寧語/謙譲語/尊敬語の識別も出来ない"と大人にたちは"ゆとり""不真面目"といった言葉を理由に大学生を非難します。

 

というのも、(本当に今更ではありますが)ここ数年囁かれ続けている若者の「活字離れ」に問題があるようにも思えます。

 

現代の大学生が日常の中でじっくり文字を読む事があるとすれば、それはきっとTwitterのタイムラインFacebookのニュースフィードぐらいでしょう。



別にそれが悪い事だとは言いいませんが、毎秒更新され続けている小さな端末から学べる語彙が多いかというとそうでもありません。

何故なら私たちは日常を伝えるのに難解な表現を使う必要がないからです。

「ランチした」 「レポート書いた」 「バイト行く」

SNSはよりシンプルに「いま」を不特定多数のユーザーへ発信する為のツール。
理解に時間のかかる表現を使わないで済むからこそSNSはSNS足り得ます。

よって、常用表現という枠組みから抜け出すような表現に出会う事が根本的に少ないのです。

 

しかし無い袖は振れないといつまでも言い訳をしている訳にはいきませんね!
就活シーズンに入り、急に書店へ走って読んだこともないような旬の経済書を手に取る学生も多いのではないのでしょうか。

 

面接官の質問を幅広くカバーする為にと意識を高めて本を何冊か購入したものの、読めない字や解らない言語表現に出くわし早々に読み切ることを放棄してしまった。

なんて事、ありませんか?

 

知らない事は知らない。 解らない事は解らない。

 

それは仕方がない事です。あなたは今あるあなた以外の何者でもない。

出来ない自分を認めて、学び始める勇気、覚悟が必要です。

無知は恥ずかしい事ではありません。誰だって初めは無知ですから。

これから知ればいいんです。それでいいんです。恥ずかしくなんてない!

 

斯言う私もまだまだボキャ貧(ボキャブラリーが貧困)が深刻で、発展途上国です。

ここで1つ私の読書法を紹介します。

それは解らない単語があったらすぐに調べて妙録するというものです。

エラそうに書いておきながら、なんだかごく当たり前の事過ぎて拍子抜けされたと思います。

でもこれ、本当に効果的。でも当たり前だと思っているそんな貴方も、解らない単語や表現にブツかっても素通りしてしまった事、あるんじゃないでしょうか?

 

貴方が手に取った何気ない本も、キチンと著者が居ます。

もしもその著者が記した本に難解な表現が多くても「解りにくい!」と嘆いてはいけません。

物書きは自分で持てる語彙のプールからもっとも適切だと思われる含蓄ある表現/言葉を選び取り文章をくみ上げます。

勿論「解りにくい!」の一言で片づけてしまうことは容易ですが、読書は言わば著者との対峙。

例え表現が難解でもその本を選んだ以上、理解に努めるのが著者への礼節。書への礼節です。

 

私は読書のみならず普段の生活中でも解らない単語や表現があればすぐに調べるクセをつけています。

私がiPhoneの辞書アプリを愛用して止まない理由はそこにあります。

TwitterやFacebookを開いている時間に比べれば、言葉を調べる時間なんてほんの一瞬です。

 

日本語は美しい。

これまで20と幾カ月生きて来ましたがまだまだ知らない表現がたくさんあります。

 

いまの大学生は何かと日本語を創りたがり、略したがりますが、

たまには長ッたらしく堅ッ苦しいけれどどこか品のある言葉、使ってみませんか?

 

これを読んで少しでも、「本、読んでみようかな」と思って頂けたら幸いです。

熱い夏は、海もいいけれど涼しい部屋で読書で納涼。如何でしょうか。

「東海大学の話」

  • 2012年7月30日 00:30

 

こんばんは。

あれほど勢いよく2週に一度は更新すると啖呵を切っておきながら、この体たらく。

だらしなさを絵にかいたような学生ことMOTSUです。

 

今更ではありますが、美大日記のトップページに群雄割拠する美大群の中に唯一「フツーの私大」として名を連ねる東海大学についてのお話を今夜はしたいと思います。

 

「えっ?これ美大日記でしょ?東海大って美大じゃないでしょ?」

 

そうです。その通り。

東海大学は美大ではありません。

ですが私は今ここにいて、こうして記事を書いている摩訶不思議な現象は起こっています。

そんな疑問に、これからお答えしましょう。

 

まず始めに私は東海大学の「旭川キャンパス」に所属しています。

 

「○○キャンパス」

鋭い方はもうお気づきでしょう。

その通り。東海大学は日本全国計9か所にキャンパスを置く大学なのです。

北は北海道の「旭川」「札幌」。次に首都圏まで下り「高輪(東京)」「代々木(東京)」「湘南(神奈川)」「伊勢原(神奈川)」。更に少し下って「清水(静岡)」。最後は九州の「阿蘇」「熊本」。

 

東海大学は専攻する学部によってキャンパスが異なり、例えば東京に位置する高輪キャンパスは情報通信学部。最先端の情報技術を身に着けるならここです。

お隣の神奈川県に位置する伊勢原キャンパスは医学部。同敷地内に大学病院が併設されており、お医者さまの卵たちが日夜勉学に励んでいます。

ググーッと下った阿蘇キャンパスには農学部。キャンパス内で牧畜も行っており、秋には収穫祭も行います。

 

そんなこんなでやってまいりました私の所属する旭川キャンパス。

こちらが「芸術工学部」になります。簡単に言ってしまえば、東海大学の芸術に特化したキャンパスです。

「むむ?芸術なのに工学?どういう事?」と首を傾げている方もいらっしゃるかもしれませんが、これから詳しくお話しします。

 

芸術工学部には「くらしデザイン学科」「建築環境デザイン学科」の2学科があります。

私は前者である「くらしデザイン学科」に所属し、現在インテリアデザインや建築について学んでいます。

 

話は最初の芸術工学部がどんな学部かという話に戻ります。

解りやすくお伝えするために、例え話でご説明させて頂きます。

 

「椅子を一脚デザインしろ」

ここまではどの美大でも同じように課題として提起されることが多いと思います。

ですが、紙の上でかっこよく椅子一脚のデザインをスケッチしたはいいものの、

その構造や素材、仕様などはスケッチだけではわかりませんし、多くの学生はきっと知りません。

(私が知らないだけで、実際に他の美大でもそこまで学んでいるのかもしれませんが)ここから先に芸術工学部の工学部たる所以があります。

東海大学の芸術工学部は、その先が学べる学部なのです。

椅子一脚を作ることは容易ではありません。必要な素材の量。適した構造。適さない構造。適した素材。適さない素材。制作を行う為にはそうした工学的な知識を身に着ける必要があります。それが芸術工学です。

ウェブに「手に触れることが出来ない」コンテンツがあふれる今、実際に「手に触れる事が出来る」ものを作ることができる大学、それが東海大学の芸術工学部です。

 

と、ここまで読んでいただければ何となく美大(チック)であることがお分かり頂けたかと思います。

ですが我が芸術工学部、悲しいことに今年度で募集停止となってしまいました。

 

私は現在3回生ですが、もう1回生がおりません。

これぞまさに倒壊大学(学生間ではタブーとされているネタ)。

このままただ廃校を待つだけの大学にて私は日々を送っているのです。これではあまりにもやりきれない。

そうして私は「そんなのは嫌だ!この大学があったことを、少しでも世に残したい!」という熱い想いを抱えながら悶々とし、運命的な出会いを果たした美大日記の門を叩いたという訳です。

 

ライターとして登用されてから3月以上経過した今書く内容ではありませんが、遅ればせながら「私がここにいる理由」とさせて頂きます。遅れましたが、東海大学のMOTSUです。よろしくお願いします。

 

話は変わりますが8月からは夏の休暇に入ります。

アレコレ予定はありますが、今年の夏は将来に向けて動きだそうと思います。

 

ご一読ありがとうございました。

ではまたどこかで。

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