Home > 雨は憂鬱、世は無常。しかし、類は友呼び、阿保を見る。

雨は憂鬱、世は無常。しかし、類は友呼び、阿保を見る。

  • 2010年7月 7日 03:43

梅雨である。

どこぞの文芸少年のようにじめじめした空気とどこぞのきゃぴきゃぴ女のように気まぐれに降る雨のおかげで学校へ行く気を削がれてしまうこの季節。

日藝生は基本雨が降ると学校へ行かない人が多い。
それは私を含む、廻りの人間だけかもしれないが、基本的授業に出る人が少なくなる。
雨の日は遅刻してもいいという勝手な自己解釈が働くからなのかもしれない。

一限へ間に合うよりも一分一秒でも寝ている方がはるかに価値があり、二限に出ることよりも、布団にくるまっている方が教養が身につき、お昼休み頃に起きてはようやく三限に遅刻していくのが大学生の日常であり、ベストなのだ。

なんという学費をどぶに捨てる行為だろうか。親が泣き、先祖が嘆き、当の本人はそんなの知ったことかと怠惰の極地を極めんとばかりに瞼を固く閉ざすのだ。

私のそんな怠惰の極地を極めんとするものの一人。
午後に学校へ行くのは当たり前、補講期間も試験も知らぬまま今日まで生きてきました。

梅雨とともにそんな日々が続いた7月某日。
メディアデザイン映像の課題のため、珍しくお昼休みから学校にきた私は、ひとしきり撮影を終え、映像を取り込み、フォトショと根気のいる戦いをしていた。

外は中にまで音が聞こえるほどの大雨。
俗にいうゲリラ豪雨である。

フォトショとの地道な戦いに勝利し、勝利の美酒ならぬ美珈琲を味わいながら、外を眺めていると、

所沢校舎が水没していることに気づいた。

外国人なら「おー、じーざす」と頭を抱えるほどの水没っぷりに私は傘の代わりに、献血でもらったカップヌードルを片手に外に飛び出した。

編集室でのちびちび作業にいらいらが溜まっていた分、雨の中は自由で解放感に満ちていた。
そして、大雨の中で食べるカップヌードルもまた格別においしい。

そう思いながら、膝上くらいまで水が溜まっている場所で一人きゃっきゃと遊んでいると、同じように遊んでいるやつが二人いる。

酔狂なやつもいるもんだぜと半ば馬鹿にしたような感じでみていると、案の定私の知り合いであった。

一人は美術学科であり、いつも目が座り、ピアニッシモがよく似合うヘビースモーカー絵画女。
もう一人は、音楽学科の長淵剛似のラッパーであり、堅気ではない風貌と優しい目を持つぱつきん男。

この二人は春休み前最後のイベント「8学科飲み」の各学科の代表であり、私も文芸代表としてその集まりに参加していた。ほぼ初対面だったその飲みはひどくカオスな状況とソリの合わなさだけが記憶に残る残念な飲み会なのでここでは多く語らないことにする。

それにしても変な因果である。8学科飲みを経て、所沢校舎水没という面白イベントによって、再開を果たすとは。類は友を呼ぶとはまさにこのこと。
そして、三人の類が集まれば文殊の知恵も働かくわけもなく、無計画な暴走状態へと入ることに…

ここでは恥をさらすだけなのでまたまた多くを語らないが、とりあえず「泳いだ・迷惑・祭」とだけは言っておこう。

この7月某日のことを所沢校舎水没パーティー事件として、私の記憶に長くとどめておくことにする。

まだまだ梅雨は続きそうなので、もうしばらくはだらけきった生活から抜け出すことはできないだろう。

今日は七夕。みなさん何を願いますか?
私は「試験免除」を願いたいです。


 

手羽さんの課題。

私は某有名服屋である、ユニク〇で働いています。
自由な時間でがっぽり稼げるので、気に行っています。
後は時々、日藝繋がりで臨時収入があったりなかったり…

そんなとこです。以上。

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:0

TrackBack URL for this entry
http://bidai.tv/mt/mt-tb.cgi/5250
Listed below are links to weblogs that reference
雨は憂鬱、世は無常。しかし、類は友呼び、阿保を見る。 from 美大日記::日芸の猫鼠男

Home > 雨は憂鬱、世は無常。しかし、類は友呼び、阿保を見る。

検 索
更新順

Links
Feeds

Return to page top