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コーヒーは地獄のように黒く、死のように濃く、恋のように甘くなければならない

  • 2011年12月 6日 12:32

そんなことわざがトルコにはあります。意味は知らないですけど。
でも、この言葉は戯曲のような心地のよい響きをもっていて、素敵です。

普段私は大学で珈琲を淹れてます。
ロッカーの中には
コーヒミルにドリッパー、サーバー、電気ケトルなど必要機材は揃ってあり、
砂糖にミルク、それとカップを3つほど備えております。

気が向いた時に珈琲豆を挽き、電気ケトルで湯を沸かし、室内に珈琲の香りを漂わせながら、
ゆったりとした時間を過ごすというのは最高なひとときです。

珈琲豆を手動のミルでぐるぐると回している間、
小刻みに豆が削れていくのを振動で感じながら、浮かんでいたアイデアを突き詰めてみたり、課題の内容を頭の中でまとめてみたりしているとよくまとまるような気がします。

お湯を注ぎ、ドリップするその時間にほどよく集中力をつけ、一杯珈琲を飲むと
不思議と力が沸いてくる。今日も一日頑張るぞという気に自然となっていくのです。

上手く淹れられなかったり淹れられたりする、それだけでもその日の調子が変わってきたりします。
珈琲の時間はただまったりするためでなく、ある種自分を切り替えるスイッチだったり、
気分を変えてみたりするために最適なものなのです。

何かをずっとやり続けるというのは疲れてしまいます。
どんなに忙しい時でも、どこかに無駄のように思われる何かを持っておかないと
私みたいなのは上手くやることが出来ません。

それは時に読書だったり、映画だったり、2ちゃんねるみるだったりと様々ですが、
何かをやるときに関しては珈琲を淹れるという行為は短時間で済み、とても気が安らげる。

もはや珈琲を中心に私の中の物事は進んでいるといっても過言ではないくらい
珈琲の時間は私の中で重要な位置を占めているのです。

 

 
手間がかかるものというのは
どうも凝ってみたくなります。

今はお金ないので適当ですが、
水であったり、豆にも気を使ったりするのも楽しい。
挽き方一つや注ぎ方一つで良くも悪くもなる。

やってみて初めてわかる奥深さ。
珈琲一つ侮れません。


 

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