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文学は死んで、芥川賞は残る

  • 2012年4月21日 19:54

先日まじめに小説を書く友人が
熱心に図書新聞というものを読んでいて
ふと、良い言葉だなとおもい拝借。

文学は死んだというフレーズはそれが真剣言っていようが適当だろうかそれはただの挑発です。

そこは自分の文学論を饒舌なまま語って溜飲を下げるための場であって
ついそれに乗っ掛ると相手の持論の装甲の強めるだけのとなってしまいます。
無論相手もそういう語る相手を待ち構えているわけですが、
よほど打ち負かす自信がある場合をのぞいては胸に溜まる自分の持論は別の場所で吐き出すのが吉です。

ですが、
文学は死んで、芥川賞は残る

という言葉はなんだか世を憂うときに出る特有の哀愁というか儚さが漂っている気がして
なんか好きです。

石原慎太郎の「バカみたいな作品ばかり」を
100枚くらいオブラートに包むとこういう言葉になると思われます。

その石原さんにくってかかったことで話題になった田中慎弥さん。
ちょっと遅いかもしれませんが「共喰い」読みました。
エディコンな感じを主張したいのかなと序盤から思って読んでいましたが、
なんだか読み終わってみるとそういうわけでもなかったんだなという感覚。
今の創作物はそういった無主義、無思想であってもどこまでもいけてしまえるので
こういう主張がないようにみえて
複雑なものでそれを覆い隠している辺りが今の時代を表しているのではないのかな。

その風潮を老人たちはどこかしら寂しがっているみたいです。
多くの老人たちは主義思想があり、哲学があり、それの上で文学が成り立ち、
その素晴らしさは過去の文豪たちにより折り紙付きですので。
それらの作品に比べたら、「共喰い」は屁でもない「バカみたいな作品」にみえるのでしょう。

私たちの知る文学は死んでしまった、ああ嘆かわしい。と老人たちは
自分の持論の元で共喰いに対して批評をします。
要塞のように堅くなった文芸論は、満たされることを知らず
世を憂うときに出る特有の哀愁を吐き出し続けます。
若者にとっては煩わしくもある彼らの批評は
過去の遺物のようなものですが、これもまた大切なこと。
なくしてはならない、忘れさせてはならないと警笛を鳴らしながら
難攻不落の古い要塞は儚く消えていくのです。


 


 

ただ「共喰い」はあんま面白くなかった。 

さて、なんだかフレッシュな香りが漂う美大日記。
初めまして、古株の猫鼠男(にゃんちゅう)です。

主に書く事は意味深な感じです。ですが、あんまり考えてないです。
フットワークは軽い方です。よろしくお願いします。

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