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文学フリマと文芸青年

  • 2012年5月14日 09:25

誰にも読まれないことは文学において一番の悲劇であるということは
文章をたしなむ誰もが知っています。
飛べない豚は所詮マルコになれず、養豚場送りになるがごとく、
文字の多くは何者にもならないまま残酷に消えていくのです。

オリジナルなき個人主義者がその欲望のまま豚のように肥大化していく昨今、
飛ぶのか飛べないのかの境目はひどく曖昧になってきています。
腰の座った阿呆がひとたび踊りだせば何かが変わるほど、
変化というのが簡単なものへと成り下がり、
さらにその活動自体を所構わず吹聴出来るテクノロジーの発達に
心の中で万歳三唱令を発布し、両手をあげて喜ぶ人たちが
あまりにも増えたということが主な原因といえましょう。

世の中をつまらぬと悲観し、諦め漂う知識人よりも
踊らな損損と踊る阿呆の方がなんだかんだ強いというのが世の常で
結局はその手の輩が誰よりも人生を有意義に過ごすものです。

先日、助手と助教授の巧妙に練られた策略により
文学フリマという、文学展示即売会に参加することになりました。
そこが古今東西の同人文学誌が集まった偏屈活字の坩堝だとは知っていましたが、
行く事、ましてや当事者側として参加することは在学中には叶うまいと思っていました。
策略をはめた二人に表面上は悪態をつきつつも、
私の心の中では万歳三唱令を発布しては感謝の二拝二柏手一拝を捧げてました。

わくわくと期待を膨らしながら、足取り軽く会場入りする私を待っていたのは
期待通りの腰の据わった阿呆たちによる文字の狂演でした。
流通センターという普段なら貨物置き場であろう無駄に広い空間に
規則正しく並んだ机たちと500以上のもの好きサークル、
書生たちは背伸びをして冊子を手配りし、批評家や研究者たちは友人たちと
研究成果を見せ合い、コピー用紙を文章がついたものに値段がつけば、
立派な装丁のものがただで配られる。
価値の決め方にもの申したいものがここで重宝され、
どんなものでも買って行く好事者は後を絶たず、
そうでなくても、鞄の中はフリーペーパーたちで勝手に満たされては入りきらなくなる
文学同人サークルの桃源郷のごとき場所、それが文学フリマ、略して文フリです。

私たち三人は文芸学生たちが精魂こめてつくった「ゼミ誌」の配布と
学科で出版している文芸誌「江古田文学」の販売
さらには日芸そのものの告知を上辺の目的として
文フリをブラブラしたいだけの集まりではあったのですが、
意外にも嬉しい悲鳴がこだまする中で持ってきた分はあっという間になくなり、
上機嫌のまま帰路につくこととなりました。

あまりこういう文芸サークル活動というものに関わり合いがない人間の私ですので
おふざけ好きな二人に加え教授陣や別サークルとして参加している日芸生とともに
こそこそにやにやと売り子の味に酔いしれるのは新鮮でした。
「よりどりみどり五月みどり!」なんて滅多に言う機会はありませんし、
一人でにやにや作る方が性に合ってると勝手に一人で思い込んでいた節があるので
自分の中に深く沈潜してはもっとはやくこういうことするべきだったなと
ちょっぴりだけ後悔してしまいました。

文芸サークルも悪くない。
フリーペーパーでもジンでもいいから、一度作ってみて、
こういうところで販売してみたい。

利益にならずとも、酒の肴にはなる。
企画崩れになることばかりですが、四年最後の大学生。
文芸らしいことを一つやるのもまた一興かと。

 
それはそうと
みんなやっぱり下ネタ好きね。

もっと表に出してもいいと思います。そういう部分。性癖。趣味。下世話。
所詮はネット上のこと。嘘か真かなんてわかりゃしないのですから。


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