もう、この一記事で全部書いてやろうと思ったので、全部書きます。
スーパー長いので関係者以外(関係者含んでもok)で興味ない人は読み飛ばしてくらさい!
この記事にリアルな美大の日常なんてないっす!おっす!!
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なんだか、誤解じゃないけど、ややこしいことしてしまったぜ!な感じなので
さくっと結論だけ書いておきます。
まず重要な点。
*僕は何に対しても、考えるのが好き。
*それを話すのが好き。
*人巻き込むのが好き。(巻き込みっぱなしで放り投げるのも好き。...あ。)
で、今回のあらすじを言うと、
勝手に一人で盛り上がって、勝手に自分の思考整理に人を巻き込んで、
勝手に自分で納得して、全てを説明せずにゆるゆると辞めていくある参加者(ハサミくん)が、
ずーっと抱えている中途半端さという問題が、勝手にゆるゆると着地した。
ということです。
で、
最初から個人個人がやりたいようにやればいいってのはわかりきってるし、
それが自己満足だろうが高校生のためだろうが何でもよくて、
(何でもいいってのは、その人がいいと思ってれば何でもいいってこと)
まぁこのまま進めていけばいいし、こういうもんだろう。
ってのは思ってます。
そこで、僕の考えるのが好きってのと人を巻き込む性質が出て来たので、
「好きなこと(考える/考えたこと)を記事にして、美大日記の人も巻き込むか」
「最近考えてること(チームや組織のこと)を、実践してる場(美大日記)で整理させてもらう」
という感じだったのかなー。今思うと。
webのインターフェイスは前々から気にはなってたのでそれは言いたかったんだけど、
結局webの話なんかじゃないよ!とか言っちゃう始末でしたね。
好きなようにやればいい。
ってのは、みなさんおっしゃってる通りその通りです。
その結論に至る思考の過程の一部を下記に示していたりいなかったり。という記事です。
(ハイジくん、ごめそ。w
僕が書きたい記事を書いたのでした。スーパー楽しかったです。)
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昨年末に書いた記事を引用・参照しつついま僕が言ってる問題って何なのか問題について考えてみます。
第一に僕が言いたいのはインターフェイスやらwebのシステムやらを変えようぜ!ってことではないということです。そんなとこは些末な問題で動き始めたらなんとでもなる。→実際もう手羽さんが作ってくれてた。
以下、去年の記事と織り交ぜての記事。
(リンク貼っておくけど、無駄な事ばっか書いてるので引用だけ見ればok)
http://bidai.tv/scissors/archives/2009/12/post-54.html
http://bidai.tv/scissors/archives/2009/12/70cc.html
http://bidai.tv/scissors/archives/2009/12/post-55.html
手羽さんが何やりたいのかってのがよくわかんないってのが正直なとこです。
以前僕が書いた記事では「手羽さんの作品なんじゃない?」ってコメントがあったと思うんだけど、それならそれできっちり昇華?消化?して欲しい。パーツになって動いてる僕らは何なの?ってなる。
手羽さんが見つけた美大生各個人のブログをrssで集めるのではなく、希望者?が集って一覧になってるって形態のメリットは?お手軽!芸大別ブログブックマーク集でよかったんじゃない?
もちょっとネライを見せて欲しい。デザインにしても、各人の更新状況のばらつきにしてもやりっ放し感満載だし。
ハイジくんの日記のコメントに、高専生や保護者?のコメントがあったけど、こういうとこ(鍋なりここに告知してるイベントなり)に高校生や保護者が来るべきなんだよなー。読んでるなら、興味あるなら。
ブログで生の声なんて聞けるわけないよー。大学名背負ってるし、体裁があるし、探り合いみたいなのがあるし。ねー?
このブログを入り口として、個人にコンタクトとって話聞くのが一番いい美大日記の使い方だと思う。コメントやトラックバックがオープンにしてあんのもそのためだと思うよ。(ただやり方がわかんない、めんどくさいって理由でデフォルトで放置されてるのではないはず。)
美大日記は比較的オープンに「公共」って言葉が意識される場でブログやってるから、コンタクト取りやすいと思う。美大生が個人でやってるブログと違うのはこういうとこもあるだろう。事務所を通すみたいな窓口感。クレームを言う宛があるってとこ。みんすたーくんや僕はメールアドレスも公開してるし。
(昨年末の)ogawaiくんの見解
>こうゆう形でしか出会えなかったであろう、美ブロメンバーと出会えたことの手段
>こうゆう形でogawaiという一人のバカヤローを皆様に知ってもらうための手段
(今年の)猫鼠男くんの見解(明朝体解除してごめそ)こういったブログの存在意義なんて、
読み手と書き手という関係性が生まれれば、
それだけでいいじゃないかと言いたいですが、
そんなんじゃないですよね、多分。難しいなぁ。--言っちゃえば、他のブログだっていいんです。
偶然美大日記と繋がったからやっているだけなんですよ。
(昨年末の僕の解答)それは大前提なんじゃない?美大生集めてブログ立ち上げたら絶対そうなる。それって、形態電話をさして「電話ができる」「メールができる」って言ってるようなもんじゃない?
じゃなくて、それ以上になにかネライ(こういう形態で発信する意味)があるからやってるんだと思うんだよねー。トップがそれを提示しないと僕らは噛み付けないんだ。わんわん
つまり、僕はどうやったら「美大日記」を食えるか考えてるんだけど、結局手羽さんのネライがわかんないから、僕がやったことも全部のみ込まれて手羽「だから僕は美大日記ってのを立ち上げたんですよ。」とか言われそうでやだ。ずるい。
全然まとまってないのに書いちゃったぜ。
これについては後ほど触れる。予定。
つながらなきゃいけないのは社会とじゃない?美大以外の人たちとじゃない?そんな線引きうっとうしいけど、実際そうなんだから仕方ない!「美大生は個性的な人がいっぱい」って思ってる人がいるくらいだから、やっぱりその壁は崩さなきゃいけないと思う。美大が集まって美大盛り上げたって意味ないんだよね。美術の存在意義ってそんな仲間内の寄り合いでも競い合いでもないでしょうよ。デザインも然り。
F.A.T. Lab: Fuck Google Week Wrap Up from Evan Roth on Vimeo.
埋め込みが見れない人は:http://vimeo.com/9455140
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はい、戻します。
何だったっけ。忘れた。w
あ、引用。
(昨年末は存在していた)みんすたーくんの見解>私が美大日記に意味がないと思っていたら>まずこんな頻繁にエントリー書かないし、参加しないし。>私は美大日記で大阪芸大の学生として日記を書くだけでも十分意味はあるというか。>ブロガーにとって美大日記の立ち位置は人それぞれで、>責任はもちろん持つけど書き方も使い方も自由で。>ムサビ日記というしっかりした土台があっての美大日記なので>随分と読まれやすくて書きやすい環境を提供してくれていると思います。そうそう。それはそう思うのですよ。精華として書く意味についてはわかんないけど(名前背負いたくない)、告知広報ツールとしての有用性もありそうでなさそうだけど、楽しんでやってるのはそうなんです。ムサビ日記あっての美大日記ってとこねー。もちょっとなんかオリジナリティ出せないかなー。既にごちゃごちゃしてるからいいのかなー。更新頻度の問題なのかなー?ムサビ日記の存在に甘えてちゃいかんとも思うなー。書きやすい読まれやすい環境の提供ってだけなのかなー。
こういう石ころ投げるだけで波紋がちょっと広がって更新率上がるので、もっともっとこの中で外でしゃべる話題が多くなればいいよね。記事の名前を【うんこの存在について】とかにしといて、それは誰かが書いた記事のレスポンスなり次の提案なりを、テーマに沿って書くとか。ちょっと前にしりとりやってたっけ?あれはちょー身内乗りで終わっちゃう感丸出しだけどさ、書いてる人は楽しいけど。それでいいんだけど。投げてる先がメンバーで、コメント欄で参加してくれって感じでもないし。で、僕は横取りしていきなり参戦してみたものの、これまた見事に無視されるという素晴らしいキャラ立ちですよ!wwwwwごっそり一覧になって、名前とタイトルが出るってことは、ブログでゆったりした会話ができてそれが見やすいってこったい。オープンメールボックス。ブックマーク集との違いは、相互関連が密にあるってことです。そこを使えばいいんじゃないかなー。そしたら「美大はつながる」し「各美大生それぞれの生の声」が聞けるよね。書く内容で餓死することもなくなるんじゃないかなー。思ってること考えてること書くだけだからね。日常にイベントがなくてもいい。で、テーマはコメント欄やメールを通して読者も提案できるから(ここ一番重要)美大目指してる子だとか、その親だとか、おじいちゃんだとかが、ふがふが言いながらコメントしてくれたら理想ですね。
「同じ答えに導かないことで、違う答えが見えてくることがある」というのが、手羽さんの落とし玉です。まぁまだ半年ちょっとだし僕も全然考えずにやってるから仕方ないだろうけど、もやもやーっとしすぎてる感があったので言ってみたのです。僕もまとめられるのは嫌だし、手羽さんがいう様に一つの方向に進みだすと「いや違う!」と言いたくなる性分です。だから、手羽さんが美大日記をある方向にひっぱり出したら小学生並のわかりやすさで反発してアンチな行動をとることでしょう。それはそれでおもしろいと思う。で、僕はそういう役割だと思う。美大日記では。そんな役割意識もってやってないけどたぶんそういう位置づけになる行動をとるでしょう。
>だから今の美大日記は、エントリー数を増やすのを最優先事項だと思ってます。最初の条件満たせてない人は連絡とってどうにかするべきだ。書いてないならいないと同じなわけで、むしろ停滞してる感が出るからだめだと思うんだ。大掃除。って言い方悪いけど、そういうのすべき。新しい人が入って来れないってことだし。
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まぁ、まとまりきらん部分ばっかりですが、そんな感じです。
まとめはプラさんがやってくれるらしい!!ので、よろしく頼みます。
一番言いたかったことは、
webがどうたらこうたら言う段階の前の段階のことを意識できれば、
自ずとwebのシステムをどうすればいいかも出てくるだろうし、
美大日記の存在がどういうもんなのか、外からどう見られたいかっていうのものわかってくるだろうってことです。
ホント、見た目のデザインやプラグインがどうのこうのっていうのは瑣末なことで、
それを変えなきゃいけない、もしくは現状維持すべきだっていう考えがどこから生まれているのかを参加者それぞれが考えて、自分なりのアプローチや実験なりをしていくことが大事だというのを言いたかった。
(っていうのが大事なのかどうかも各々が考えて必要か必要じゃないか決めればいい)
のかな?
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余談ですが、これって、作品作るときのコンセプトにもつながることだと思う。
表面的なデザインなんてのは、コンセプトがカチッと正確に明快に決まってれば勝手に出てくるもので、
何作ればいいかわかんないっていうのは、何したいかわかってないからなんだと思う。
もちろん、コンセプトがあるからモノが作れるんだっていう順番を言ってるんじゃない。
コンセプトとモノは密にリンクしていて、コンセプトができたらモノもできてて、
モノができてるってことはコンセプトができてるってこと。
その出て来たモノに満足がいかなくて試行錯誤する行為も、頭で考えて構築していくことも同じ事。
何がやりたのか、どうしたいのか、僕の座右の銘で言うと「結局どーしたいんだよ」に答えることができるかが重要で最大の問題である。ってことです。ってこと。ってことばっかり言っちゃってもー。
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あー、忘れてた。高校生向けということに関して。
主にこんなサイト見てる高校生に対しての記事がこれまた年末に書いてたので引用する。
こんなサイト見てないで、
ムサビと東京芸大の違いとか全然わからんので、僕の出る幕なしで終わりそうです。
それ↑に関しては、行って確かめればいいんじゃない?って思う。
オープンキャンパスの日以外行っちゃダメってことはないでしょう。たぶん。
だから、潜入して知り合い作って見学させてもらうとか、正規に見学願い出すとかすればいいんじゃない?
そんな時間ない!としもどうにかして行くべきなんじゃない?迷ってんなら。
人の意見でぴょいって入ってあーあやっぱなーって思ったらなんかもやもやするでしょう。僕ならする。
とは言うものの。
僕があなたの立場だったら見学なんてめんどくさくて行きません。だって遠いしお金かかるもん。ぶひ
まぁ、入ってから違うと思えば編入すればいいんじゃない?
なんで6時半頃に更新されてNew!!になってんだろ。
さては、誰かなにかしてるな。ふひひひ
大学ごとに校風あるだろうし、端で見ていると関係者は枠から出てないな、と見えたりする。メディア経由だから余計に特定の色に染まって見えるのだろう。主に大人が、なのだが、その教育を受けている学生が、大人と同じ主張を疑いもなく教わるがままに声高に発信しているのを見るにつけ、大丈夫か?と不安になる(なった)。今は、そんなことさえどうでもよくなったが。
あの大学が○○を建てたからわが校も・・・という比較追随型大学。他校のことは気にせず、自ら必要とする道を淡々と歩む独立独歩型大学。何をどう言っても結局は他者をいかに利用できるか?の発想になっている利己的大学。とか、大人目線でもいろいろ。
自費出版、頑張ってますね!
個人が素直に発する関心や主張がきちんとあることが健全に思えます。大人の思惑に利用されず、自分の意思で歩いてください。
このジャンルで生きることに面白さを感じてるのが、ブログを通じて他の人とシェアできてたらいいですね。
なんか美大日記?を止めるのに投げやりになっちゃった?風なのが気になって、のコメントでした。
kamonasuさん、コメントありがとうございます。
*
大学の教育に関して、ものすごく無責任で腹立たしく感じる事が多々あります。
僕は、経済のことや大学制度なんてことを勉強していないので、ただの理想論になってしまうのかもしれませんし、まだまだまとまっていないのでここでは書くのを控えます。
さっくり書くとすると、日本の大学が日本の大学を「比較追従」しても何の意味もないように感じます。問題はもっと根源的な教育にあることで、小中高といった場で教育されていなかった分まで(特に美術系進学となるとなぜか疎かになったり疎かにしている人がよくいる)、1,2年生でせめて取り戻すくらいのことはしなきゃ、テクニックなんて詰め込んでも何の助けにもならないと思います。かといって、欧米のリベラルアーツをそっくりそのまま入れても結局何も変わらないと思いますが、そういうことは必要だと感じます。
あ、これは長くなりそうなので、時間を見つけて記事に書く事にします。
*
自費出版はちょと滞っていて別の本を作っていますが、いかんせんお金をどう捻出するかのアイデアと実行力が足りません。これから模索していきます。
こういった市場も〜...っていうのもまた改めて書く事にします。
*
最後の一文がよくわからなかったので、以下の解釈で答えてみます。
>なんか美大日記?を止めるのに投げやりになっちゃった?風なのが気になって、のコメントでした。
投げやりに美大日記を辞めるのはなぜか?ということだとすると、
昨年末に同じような問題提起を(当時はやや論点が違っていたり、そこまで個々の意義ということを意識的に捉えて考えていなかったので比較はできないのですが...)した時点で既に呆れていた面はありました。
その理由としては、年末の問題提起の後のエントリでいくつか自分なりに試す、というより促してみるようなことをしたのですが、大した反応もなくすーっと終わってしまったことがあげられます。
個々が集まって運営している(風とも言えるかもしれません)こういったサイトで、一人の牽引の強さより、なんとなくの全体の意識というのが勝ってしまします。
閉鎖的になるのか、開かれて行くのか、更新率が上がるのか下がるのか、どこに目標を置くのか等で、ばらつきはあれどある一定の平均値のようなところに集まるようになっていることが、他の団体でもよくみられます。
これは、個々の取り組みがそこまで意識的に行われていなかったり、ネライや企みといったものを持ち合わせていなかった場合、周囲と会わせて飛び抜けず遅れをとらずの位置に落ち着こうという性が出ているのかもしれない、と考えられます。
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そこで、今回その個々の意識やネライや企みがあるのかないのか、どういうことを考えて実践しているのかも含めて問うことを試みたのです。
1から10まで全てを提示して質問してしまうと、答えに対しての操作が入ってしまう。つまり、意識的にやるということが具体的にどういうことかを先に提示してから質問に答える形式を取ってしまうと、その思考が入って来てから改めて考える事になるので、質問までの思考を知る事を妨げるのではないかと考え、聞き方をやや投げ出し気味に、ややテキトーに行いました。
その度合いがうまく操作できずに求めた問いに対する答えというのがうまく引き出せなかった面もあると思います。
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(なんの話してんのかわかんなくなってきた。
なんで投げやりにやめるの?って話ですね。)
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で、得られた答えに関して、昨年と同じようなことがあったり、昨年から変化があった人も見受けられたのですが、先述した通り、総体的に生温いまま進んでいることが変わっていないことがわかりました。(僕の主観的かつ即時的な判断です)
なので、僕がここでがやがや騒いで引っぱりあげることをするのは、特に求められてもいないし実践しようにも大変な労力がいるが、僕は美大日記にそこまでの期待や愛着を抱いていないので実践するまでにも至らない、という意味での投げやり感です。
投げやりに無責任に辞めるという言い方もできますが、こういったコレクティブな場では主体性が尊重される場でもありますので、ここで時間を取るより辞めて他のことに時間を充てようということもあります。
もう一つの辞める理由としては、「辞める」という選択肢が自由に選択できるものの中にあることを提示することで、ネライや企みといったことを含む、個人が意識的に取り組むということを考えるきっかけになればとも考えています。
(これはそんなに効果的ではないとは思いますが)
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無駄にだらだらと散文を書いてしまい申し訳ないです。質問?に答えられているでしょうか。
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qqiixiipp+gmail.com