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青葉先生。

  • 2011年7月12日 01:23


造形大の客員教授の青葉益輝さんがお亡くなりになりました。

体調がすぐれないという話は聞かされていましたが、
享年71歳。突然の訃報に驚かされました。

青葉さんは造形大姉妹校の桑沢出身。
写真をメインのイメージとして使い、反戦や環境などメッセージ性の強い作品を数多く手掛けていましたが、
その中でも1998年の長野冬期オリンピックの公式ポスターは印象的です。

aoba.jpg


そして。2003年から2006年までの造形大の大学案内のADと表紙デザインを担当したのも青葉さん。

その時の大学案内の表紙は、絵筆の先が花のつぼみになっていたり、チューブから出た絵具がつぼみになっていたりする一連のシリーズが、分かりやすく印象的でした。
当時は美手帖などの雑広でも使っていたし、ポスターとしても配布していたので予備校などでも見た人もいると思います。


大学案内のADを担当していただくことになった時に、初めて青葉さんの事務所を訪ねて度肝を抜かされたことと言えば。

青葉さん:「今回は編集者は必要ないから、高橋クン。君が編集を担当しなさい」

高橋:「ヘッ。編集者が必要ないって。編集の経験なんてないですよ。。。」

青葉さん:「大丈夫。今までも編集者と一緒に仕事してるんだから、大学案内ぐらいだったらできるだろ」
(ちなみに2002年度のADと表紙デザインは田中一光さんで、編集者がっつりの体制だったんですけど。)

高橋:「いやぁ~。やっぱり編集者は必要じゃないですかね~(その時その場にいた上司に助けを求めたけど、救ってくれなかったのを思い出した)」

青葉さん:「そして今まで編集者に払っていた予算が浮いた分で、別の冊子を作るぞ」

高橋:「ひぇ~」

てな感じ。。。
それから何回も青葉さんの事務所に足を運んで、どうにかこうにか2003年度の「大学案内」と、宣言どおり別の冊子も無事に出来上がりました(その年は大規模なカリキュラム改編も重なってて、ただでさえ大変だったのに)。

でも。今になって、プロの編集者と仕事をする時に、どんな場合でも自信を持って応対ができるようになったのは、その時のおかげかも知れない。
自分で文章を書き起こしたりはしないけど、ライターさんのいい加減な原稿を見つけた時の修正指示と、校正では編集者にも負けない自信があったりもするくらい(自分の書いた文書は誤字脱字だらけだけど。。。)。

客員教授の青葉さんの授業は、年に3回程度だけど、学生たちにはっぱをかけては、いろんなデザインコンペに出品させて、そのおかげで受賞した学生も何人かいたような。

そういった意味では、私も青葉さんにはっぱをかけられて大切なことを教えてもらっていたような気がします。


青葉先生。ありがとうございました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

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