- 2009年8月 8日 03:27
- 徒然手羽話
マンモス悲ピーです。
・・・・・・
前回の話はこちら
この研修を「これって大学生や受験生の頃でも同じ経験するなあ・・・」と感じながら聞いてました。
特に
「無意識無能」→「意識無能」→「意識有能」→「無意識有能」
という話はそのままですよね。
最初は何にも気がついてないし、何の能力もない。でも周りに「絵がうまいねー」と褒められてる(無意識無能)
そこに「将来デザイナーになりたい。そのためには何をしたらいいんだ」と考え、美術予備校にいくと、自分の絵が下手なことがわかり、「このままではやばい」と気づく。(意識無能)
目標のために必死に絵の勉強をする。(意識有能)
それを長く続けてると自然と鉛筆デッサンや平面構成ができるようになる(意識有能)
これは「受験」だけをみたサイクルだけど、「受験→入学という流れ」「学生生活の流れ」「学生生活→就職の流れ」といろんなサイクルでの見方があります。
でも、受験時代の意識の変化を「すべての変化」と考えてしまってる人がいる。
美大に入った時って実は私たちからすると「無意識無能」状態なんですよ。
「とりあえずデザイナーになりたくて、ムサビに入ってみた」な素の状態。
そこから本当の社会の問題点、デザイナーの本来の仕事、何が自分に必要なのか?などに気がついていくのが大学であり、そうなっていくように「仕向ける」「仕掛ける」のが教員や職員の仕事なのね。
私たちは中間管理職みたいなもんですわ(笑)
なんだかんだ高校・予備校の先生(または保護者)は「受験時代の意識の変化」を基本に考えています。
でも、同じような意識変化の流れだけどダイナミックな変化が大学にあり(特に美大には)、さらにそれだけでもないことをいまいち理解できていない。
「絵がうまくなりたいなら美大にいきなさい」と高校の先生は指導してるけど、大学の目的はそれじゃないんだよね。
だから、高校の先生の指導と私たちの指導では違うし、その啓蒙活動が私たちの役割じゃないかと。
その副産物・2次効果が「受験生獲得」じゃないかと。
もう一回続く。
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