ムサビ日記は本日より新メンバー第2弾スタートです。

ゴールデンウイークになると、これを楽しみにしてる人が多いかもしれません。
最初は思いつきで「GW中ぐらいは更新をさぼりたいな・・。あ、いわゆる代打日記をやればいいんだ♪」で始めたOB日記なんですが、最近になってこのシリーズが評価されてて困ってます(笑)

ムサビ日記OBにリアルな現況を書いてもらう「久しぶりに日記を書いてもらおう」シリーズ。
卒業後、一体彼らは何をしてるのか。
大学広報誌に「●●のキャラクター作ってます!」「○○のCM作りました!」と登場するような美大OBは成功したからそこに出てるわけで、実は少数派にすぎません。

リアルな美大OBの日常を紹介しましょう。

これまではムサビ日記で掲載してましたが、今年から美大日記で(理由は後日わかります)。
過去の日記を「書いてもらおう」はこちら。
■2007年
久しぶりに日記を書いてもらおう1 -小春さん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう2 -とーぼーさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう3 -珍念くん編-

■2008年
久しぶりに日記を書いてもらおう4 -とーぼーさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう5 -小春さん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう6 -ひだまりさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう7 -珍念くん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう8 -tankさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう9 -una-pinaさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう10 -MoMongaさん編-

■2009年
久しぶりに日記を書いてもらおう11 -とーぼーさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう12 -日当り良好くん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう13 -ひだまりさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう14 -小春さん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう15 -凡々さん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう16 -珍念くん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう17 -una-pinaさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう18 -ELKくん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう19 -ニアさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう20 -モモンガさん編-

■2010年
久しぶりに日記を書いてもらおう21 -とーぼーさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう22 -日当たり良好くん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう23 -ねこあじさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう24 -珍念くん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう25 -りんらんさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう26 -ANNWNくん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう27 -小春さん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう28 -tankさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう29 -ニアさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう30 -una-pinaさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう31 -mooeさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう32 -ELKくん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう33 -ひだまりさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう34 -MoMongaさん編-
久しぶりに日記を書いてもらおう番外編 -ELK母さん編-

今年で5年目ってことですね。
さすがに紹介一覧が長くなりすぎちゃったから明日からはカテゴリリンクにします。

では、記念すべき2011年1発目はこの人から。

永遠の悩めるメガネ男 赤岩くんです。
はりきってどうぞ!

 

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お久しぶりの方もそうでない方も、こんにちは。
2009年3月に彫刻学科を卒業し、その後1年間だけ教務補助員を務めた赤岩です。
「え、教補って2年間じゃなかったの?」という感じで卒業してしまいましたので、
その後から約1年間のことを軽くたどりつつご説明いたします。

久方ぶりの鬱々日記です、ご覚悟を(苦笑)。


2010年
3月…卒業式の翌朝、研究室のゴミ出しをして教務補助員としての仕事を終える。
4月…ペンギンさんに誘われて沖縄のピーナッツ島へ。壁画のお仕事をゲット。
5月…例年以上に雨が降った沖縄の梅雨の合間に、なんとか壁画を完成させる。

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6月…一生を左右するような宣告をお医者様からいただく。
7月…暑くなって精神的にやられていたときに、後輩からバイトの話をもらう。
8月…が、あまりのイラレの使えなさに凹み、辞退する。
9月…相変わらず引き篭もってじっと耐える日々。
10月…塾講師を目指そうと公立高校の問題を解いてみる。あと突発旅行もこのころ多かった。
11月…たまたま訪れたカフェギャラリーに一目惚れし、そこで展示をさせてもらう約束を取り付けた。
12月…けれど制作が進まない。

2011年
1月…ようやくケツに火がつきDM製作したが、スキャンゴミを取り忘れて恥ずかしい出来に。
2月…作品完成そして個展。良くも悪くも自分の実力と方向性を認識し、意識は保育・教育方面へ。

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3月…学童保育所の採用試験を受けるも当たらず。後輩2人とルームシェア開始。

4月23日現在…無所属2年目。でもとある会社と良縁ができそうな予感。


とまあ、進歩しているのか退化しているのかわからない1年(以上)でした。
病気や宣告についてはあえて詳述しませんが、まあいわゆる「自宅療養」というわけでした。
ただ自分の場合わけあって実家から距離を置き一人暮らしは続けていましたし、
親の遺産で暮らしてた、とか書くと「働けよ!!」という声をいただくことになるのは承知しています。
正直言って、病気に甘えていた部分はあります。

とはいえ亡き親の脛をこれ以上かじることは出来ませんし、
夏の辛い時期に比べたら状態が快方に向かっているので、今は就職活動をしています。
本当でしたら4月1日付で働く予定だったのですが、自分が仕事をより好みしたせいで未だに無職です。
ですが、上記にあるとおり現在進行形で進んでいるお話もありますので、
もしそれが実った際はお知らせいたします…って、させていただけますよね、手羽さん?(笑)


さて、そんなニートと病気療養者の狭間に身を置く私が今考えていることを、今後の予定と絡めて書き記します。



1・保育士資格の取得
25歳を迎えたあたりからの就職活動は、真っ白な自分をアピールして新しいことにチャレンジするよりも、
持ち合わせているようで無い取り柄をどうにか搾り出して、そこから社会に切り込まざるを得なくなった気がして、
自分の場合はそこで「子ども」と「美術」の2つのキーワードが残りました。

「美術」ではいつ大成するかいまだに分からないので後回しにせざるを得なかったのですが、
「子ども」はちびくろでの経験と教諭免許の取得経験があったので、こちらで何とか切り開こうと、
学童保育所に履歴書を送ったり、無資格ながら保育系の派遣会社に行っては見たものの、
経験者・有資格者がやはり優遇される現状がありましたし、
何よりも中高の教諭免許だと幼児・小学生の成長に関する知識が足りないと思いました。
私が一番馴染みがあるのは、やはり(ちびくろ的な)低学年層だったので、中途半端な経験だけでは役に立たないと痛感しました。

そこで、保育士の国家試験を受けることにしました。
個展中のことでした。

保育所の先生になりたいというよりかは、「子ども」についての知識を得たいというところからでした。
なので動機が不純だと言われるかもしれません。でも、なにか今の自分を打開したかったのです。

8教科10科目の筆記試験に加え、音楽(弾き語り)・絵画制作・言語(口話)から2分野の実技選択、
各科目6割取れればパスするとはいえ、一発合格する人は例年12%程度というハードな試験で、
そのために、美術史の授業を彷彿とさせる数多の専門用語と偉人名人群に苦戦しつつも、
「子ども」を取り巻く社会環境を1から学べるのでやりがいがあります。
なんとか今年の1回で合格して、もっと「子ども」のことを知識面で固めたいと思います。

…まだ社会福祉(1科目め)しかまともに手を付けてないのですが(遅すぎます)。


2・民間美術教育の現場に立つ
 これだけ「子ども」というものにこだわったので、もう一度「美術教育」というものに関わりたいと思うようになりました。
ただ、自分の場合「学校教育」からは離れようと思いました。

たしかに、現代社会での教育の基本は学校にあることは明らかですし、自分もそうであって欲しいと願ってやみませんが、
私にとって「学校」というものがあまりにも身近すぎたこと、それによって学校はあって当たり前という盲信的な部分があったので、
このまま「教師」になることは危険だ、と思い避けていたところもあります。
また同時に、図工美術教育の時間が減らされ続けている現状に望みを見出すことが出来ませんでした。
(授業コマ数据え置きではありません、中学で選択科目のシステムが無くなったので美術の好きな子も週1時間で我慢です)

それに何でもかんでも学校任せでは、文句だけのモンスターペアレントを生むことにつながります。
先生任せではなく、一般市民の意識からなにか変えていきたいと私は考えています。
描きたい、作りたい子は必ずどの学校にもいるはずです。授業や部活動ではおさまりきらない子の居場所を作りたいのです。

そこで私は現在、「美術教室」というものを研究し、現場に経つことから始めたいと考えています。

自分が将来やりたいのは、画家が片手間で教えるお絵かき教室ではなく、かと言って美大受験予備校のようにテクニックに特化した場でもなく、
純粋に「つくる」ことが好きな人が、作りたいだけ作れるような「街の図工室」です。
単純なお絵かきを楽しむことから、ちょっと頭をつかう背伸び課題も用意して、ムサビではないですが「生きるをつくる」人を長い目で育てたいです。

カルチャーセンターほど知名度はなくても、団地とかの一角で、ラーメン屋さんのように細く長く、でも地元に根を張って、
子どもをはじめとする地域の方の創作活動の、ベースステーションでありたいのです。

学校外での活動故に、教育ビジネスにしなければいけないところが心苦しくもありますが、
くもんやピアノに行くように「図工室」にフラっと立ち寄る、そんな生活を提案し広めていきたいと思っています。
ささやかながら、夢は大きくもっております。

とはいえ、今の自分はクロッキー帳に夢物語を書きなぐることしかできていないので、
まずは「今の美術教室」にアシスタントとして入って、まずは体感をすることを重ねて、
そこから考えたり、試行錯誤したり、失敗してみたりしたいと思います。
「街の図工室」の開室は、その後になりそうです。


3・やはり自分はつくる人、でも…。
 人間アウトプットすることで精神を解放することは必要不可欠で、それが自分にとっては絵を「描く」ことであるのですが、
一方で「売る」のとは違う気がしたのです。

「趣味」と「仕事」の境界線について、本気のものづくりを「趣味」と言い切れてしまうシェアメイトから、
気まぐれで描く絵を「仕事」と弱腰に言い張っている自分は考えを改め直さざるを得なくなり、
まずは1日1枚作品を仕上げることから仕切り直しをしているところです。

自分にとっての絵は、良くも悪くも他者とのコミュニケーションツールのひとつで、
それを如何に商売にするかで、絵をそのまま売るのか、
それとも「絵を描いている自分」を売り込むのかで、今悩んでいるところです。
2番で言った「街の図工室」をやりたいのであれば、おそらく後者であるべきだと考えています。
美術のテクニックを教えることも重要ですが、
まずは自分が胸張って生きているところを見せられるかどうかが勝負の商売だと思うのです。

そのためには、まずニート脱出…出来れば美術教室で働きたいところです。
その一方で、やはりつくることは私にとって「生きる糧」であるのか、確かめてみたいです。



本名名義でブログをやったり、mixiやTwitterで心情吐露を定期的にしているのですが、
やはり1年ぶりに「ムサビ日記の赤岩さん」として書くとなると、盛りだくさんになって文章が長ーくなってしまいました(苦笑)。
こういう所は相変わらず変わっていませんが、それもやはり、ムサビが好きで、ムサビ日記が好きで、
それらから学ぶものが多かったからだと思います。


それでは、余談も過ぎましたのでこのへんで失礼致します。
また次回、執筆の機会がありましたら「ああ、また思考垂れ流している」と見てやってください(苦笑)。
ちなみにもしももしも待ちきれない方がいらっしゃったら、1週間に1度のスローペースですが「ニコ生」やってます(マジ)。
正直言ってまだまだ未熟な番組ですが、お暇なときに検索してみてください。
(保育士勉強で週1も厳しくなりそうですが…)

 

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ちなみに個展会場の写真に写ってるお花は手羽からの花です(笑) 
 

卒業1年以上の美大日記・ムサビ日記メンバーのみなさん。
「どうせ人数増えたからGW企画っつても、去年だって5月14日までやってたじゃん。まだまだ送らなくていいでしょ?」なんて言ってる皆さん。
掲載する順番を考えたいので、早めの原稿提出をよろしく(笑)


なお、検討した結果、通信OB・親日記OBについては掲載しないことにしました。
22歳ぐらいの今まで隔離されて育ってきた若者が社会に飛び出してどういうことを知るのか。
そういう意図があるので、企画意図をご理解の上、どうぞよろしくお願いいたします。