清里合同合宿、前回までのあらすじはこちら。
日記合同合宿in清里 その1
日記合同合宿in清里 その2
日記合同合宿in清里 その3
日記合同合宿in清里 その4
日記合同合宿in清里 その5
日記合同合宿in清里 その6-清里寮バーベキュー豆知識-
日記合同合宿in清里 その7
日記合同合宿in清里 その8

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8月5日(日)。
ファイナルイヤー記念 美大日記・ムサビ日記 清里合同合宿2日目です。

さすがにいつもの手羽タイムには起きれなかったけど、AM6時半には起床。
清里山荘の周りを一人で散策。
今日も天気がいい。
AM7時 ブログを書きだす。
「合宿のために買った」といっても過言ではないwifiルーターの設定がよくわかんなくてちょっと苦戦するが
7時半になんとかiPadから更新完了。

8時 B棟にて朝食。
ここで高橋さんと打ち合わせをし、これからのスケジュールを発表。
長岡に帰るはるくまさん、長野の実家にこのまま帰るオトギさんが11時半ごろの電車に乗るので、
それまで全員で車行動し、二人を駅に送ったら、それ以降は3台方向ごとに帰ることにする。

さて、午前中はどこにいくか。
野辺山SLランドとか滝沢牧場とかロープウェイとか、いくつか行先を考えたけど、
みんな初めての清里だから、「これぞ清里」ってところに連れて行きたい。
となると、やっぱりあそこに行って、アレをペロペロするしかないっしょ。

というわけでやってきました!

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清泉寮!!
コーフン!!


と1人で盛り上がってみたけど、参加したメンバー、誰も清泉寮のことを知らなかったので(笑)、
ここで簡単に清里のことを含めてレクチャー。

清里高原は標高1200mのところにあり、
「高所」「気象変化が激しい」「平坦な場所が少ない」「急坂が多い」
という環境のため、米作に適さない土地で、もともとは荒野だったそうです。
そこにポール・ラッシュさんという方が現れ、
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あ、↑この銅像の人ね・・・・日本人が知らなかった標高が高く、寒い地域に適した酪農の方法を伝授したり、
レタスなどの高原野菜の栽培支援をしたため、「清里開拓の父」と呼ばれることになります。
(ちなみに日本にアメリカンフットボールを普及させたのもポールさんです)
そのポールさんが作ったキープ協会の中心施設がこの清泉寮(せいせんりょう)なのです!!
 


ということを東京に帰ってから調べました。てへ★

ただ、これは観光客向けの清里案内。
清里を実際に開拓したのは、小河内ダム建設のために立ち退きを強いられ、この地に移住(移植)してきた人々です。
清里は「東京のダム建設によってできた町」とも言われてます。
(この話は「空から日本を見てみよう」で昔やってました)
「八ヶ岳念場ヶ原開拓地」「安池興男」で検索すれば、苦難の開拓史が出てくるので、興味のある方はぜひ。
米山さんとか好きそうな話かも。
 

んで、清泉寮に話をもどして。


清泉寮といえば、もちろんこれっすよ。

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ソフトクリーム!!
これを食べずして清里を語れない。
この価値は今はわからないかもしれないけど、
帰ってからお母さんに「清里で清泉寮のソフトクリーム食べたよ」と言えば、
多分遠い目をしながら、「いいわねー」というはず。多分。

うーん、いつ食べても濃厚。キャラメルみたいな味がする。

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みんなでペロペロ。
あ、二日目の手羽はもちろんMAUTシャツです。
 

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米山さんもペロペロ。
まいうー。

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どこまでも平原。

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ま、こうしたくなる気持ちもわかる。
 

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こんなことを桂由美さんが言いたくなる気持ちもわかる(笑)


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足湯コーナーもできてた。

 

てなことをやってたら、もうすぐ10時。
少し時間があるから、もう一か所どっかに行くかね。
「やっぱりここは美大生なんだから、美術館でしょ。美大らしく。合宿だし」
と高橋さんと決め、「じゃ、これから美術館に行きます!」と発表したら、
「ハイキングがいい」
とメンバーから声が。

というわけで、みんなを想う大人の気持ちは無視して、ハイキングをすることに。。。


続くっ!!
いよいよ次回、感動の最終回!!