- 2010年2月16日 22:45
こんばんは。
多摩美の入試も最終を迎えます。
今日のB日程学科試験、芸術学科の専門試験がおわり、
明日17日から日本画と彫刻の実技試験です。
日本画は今年から担任制(入学してきた学年は4年間ひとりの教員が担当)ではなく、
全教員が、どんな学生とも関わる(今までもコンテストなどの批評会では関わりがありましたが)ような体制に変わりました。
卒業する時に、「ほとんどあの先生と話したことがない」というのはなくなります。
とても大きな変化だと思います。
彫刻も、同様なことがいえるかもしれません。
これまで専門課程はそれぞれ選択した素材と決まっていましたが、
今は、学生が素材に縛られることなく、自分が表現する上で必要だと思ったならば、それら工房を自由に行き来し、ひとりの決まった教員だけでなく、他の工房の教員とも関わるようなカタチになっています。
当然、ずっと同じ素材で取り組みたい学生は、ずっとそこにいることができます。
日本画や彫刻などファインアートはまさに、美大と呼ばれるゆえんみたいな学科だと思っています。
これはアート系の先生方からお聞きする話ですが、
良いっていう価値観って何?
むしろ新しい価値観を生むってことは、
良いと思われないものかもしれない・・。
だからといって、わるいとも思われないものかもしれない・・。
簡単に、良いよね〜とか良くないよね〜とかいう台詞の前に
「何なんだ?これ?」
は、ある意味新しい価値観を感じさせてくれる言葉になるのかもしれない。
とはいえ、魂の入り方で、それが上辺の表現なのかはすぐわかる。
信念をもつ、そすれば普通に何かに取り組んでいても気配だけは出てくるだろう。
価値観をつくるとは、まねごとではない、型にはまることでもない、
既成概念を取り除くこと、表現に対しての粘り強さなどがあってのことだと思う。
試験とはいえ、
日本画の受験生も彫刻の受験生も
採点者というか鑑賞者に、何かしら自分の価値観を伝える気概があってもいいと思う。
技術は確かに人を裏切らない。普段培った描写力や造形力は存分に発揮してほしい。
しかし、それだけに溺れると味気ない作品になってしまうのも知っていたほうがいい。
本当にすごいものをみると「声がでない」ことがないだろうか?
言葉にできない。
ロジックを越えるもの。
10代、20代頭の子には、
もっともっと「声が出ない」をたくさん経験してほしいと思っている。
多摩美は確かに入試も独自路線で尖った感じのする大学かもしれない。
ただ「声が出ない」を経験できる貴重な大学でもあると思う。
それを期待する人、また、自分がそう見られたい人たちが集まってきている。
シャイで謙虚な学生も多いけれど、
やっぱり自己主張の強い人がたくさん集まるところが美大でいいと思う。
大学はゴールじゃない。
けれど、その学んだ環境はその後の人生に意外と大きな影響力を与えるかもしれない。
環境は自分の手でつかみ取る。
それしかない。
さー明日も早起きだ。
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