Home > 雨傘 2

雨傘 2

  • 2011年11月 7日 04:27

芸祭最終日、雨もギリギリセーフな感じで、学生は完全燃焼したのかしら?
また楽しい話を聞かせてください。

さてさてこんな芸祭とかのタイミングですが、
個人的な雨傘1の続き書いてしまいます。


「逃げ水」の主人公の高橋泥舟は、明治維新に活躍した幕府の人で、
現在、台東区谷中の大雄寺に眠っています。

少しその時代と関連する人の説明します。

明治維新で有名な幕府の人といえば勝海舟でしょうか。
官軍の江戸総攻撃を防ぐため、江戸開城を新政府代表の西郷隆盛と交渉した人。
ちなみに、この交渉の下地を作ったのが山岡鉄舟。

高橋泥舟、勝海舟、山岡鉄舟をまとめて、幕末三舟といわれることがあります。

もし、この3人が幕府側にいなかったら、
派手に国家内乱がおき、
日本は帝国主義列強諸国(ヨーロッパ)に侵略されていたかもしれない。
それを見抜き、新政府に江戸を開け渡す。
これが日本史の教科書に出てくる江戸無血開城って出来事です。
とにかく徳川を滅ぼしたい官軍(薩長連合)は戦う気満々です。
それを相手に国家のありようを示していくにはどうするか、
まったく物事が入れ替わった状態で混乱しますが、
明治維新は新政府側だけで達成できたことではないのです。
幕府側の人間も、国家のために、国民のためにと、
私を捨て活躍しているのです。

もう少しそういうところを教科書でも掘り下げてくれれば、
名誉心や虚栄心を満たすために生きるような器の小さな大人にならないんじゃなかなーと。


やっと、高橋泥舟です。
この人は、槍がめちゃくちゃ使える武術に優れた人で、
鳥羽伏見の戦い以後、最後の徳川将軍(慶喜)の守護警護を担当します。
そしてこの主君慶喜の傍らにいて新政府に従いましょうと説き続けた人です。
徳川家康以来、約260年続いた徳川政権を終わらしてしまった慶喜、
とても聡明だったといわれていますが、
この時期は気が狂いそうだったと思います。命より重いものが・・。
そんな中、揺れる主君にずっと説き続けました。
泥舟の警護のおかげで
慶喜は抗戦的な幕府遺臣らにのることもなく、新政府に従う姿勢をととりつづけ、
それによって官軍と幕府遺臣の争いも小規模で終わったとされているのです。


彼は明治に入り、こんな歌を読みます。 
「狸にはあらぬ我身もつちの船こぎいださぬがかちかちの山」

泥舟という雅号の説明です。

新政府で仕事があると呼ばれても、
自分の主君であった慶喜が隠居しているのに(隠居させてしまったのに)、
自分が世の中に出るなんてありえないと、隠遁生活を送っていくのです。
どんなに貧乏になっても、ただ書画をやって生計をたてるのみ。

維新以後しばらくたってから、
高橋泥舟のことを、
勝海舟は、愛情たっぷりに信頼をもって本物の人間、本物の武士だと評します。
「大馬鹿者だよ・・」と。
海舟は、江戸開城の下交渉に本当はこの泥舟を指名しました。
泥舟が慶喜警護をしていることで、泥舟が鉄舟を海舟に紹介したのです。

勝海舟は海に浮く自由自在の舟です。
山岡鉄舟は目の前のものをなぎ倒しても進む舟です。
(明治初期、その剛直さを西郷隆盛に乞われ明治天皇に仕えます)
高橋泥舟は水に沈む舟です。
読んで字のごとく、それが彼らの生き方です。

「逃げ水」とは、こんな時代のこんな人達が登場する時代小説です。
きっと普通の高校生なら新鮮な幕末観になると思います。
というか、
幕末観というより、絵をやる人に参考になると思って推薦図書的にしましたので、
例えば武の修行のことなど通じるものがあるから、図書館とかでぜひ借りて読んでみてください。


ところで、楠(くすのき)という木を知っていますか?
もともとは日本になかった木のようですが、
関東より西でよく目にする、暖かい場所に生育し大変大きくなる生命力ある木です。
生育している地域が限定されるけれど、よく神社にあります。
静岡県は三島市の隣にある熱海市の来宮神社(キノミヤ)のご神木(樹齢2000年)、
三島つながりで足を運んだ、
愛媛県の大三島にある大山祇神社(オオヤマヅミ)のご神木(樹齢2600年)と、
その奥院にある根をくぐりぬけることができる天然記念物の老楠(樹齢3000年)あたりは、
ため息でるほど大きな木で個人的に大変印象に残っています。

この木は昔から虫除けに使われていました。
箪笥に入れる防虫剤として、楠の木片が売られているのを出店などで見たことありませんか?
ちなみに多摩美八王子キャンパスにも楠はあります。
正門入って道端にズラッと並んでるのがそれです。
悪い虫が入ってこないようにかどうかはキャンパスをデザインした人に聞いてください。

また巨樹になるこの木は、中身がくりぬきやすく丸木舟としても古くから利用されていました。
古事記や日本書紀にも楠の舟は登場します。
空高く天に届くような大きな木に成長し、実際、舟にもなる。
天に昇る舟といわんばかり・・か。
以前日本霊異記の雷の話を書きましたが、楠をそういう要素で使うこともあるのではないかと。

さて、楠という漢字は、木編に南と書きます。
陰陽五行説では、南は火をあらわし、上に上にいくものと考えます。
ちなみに北は水をあらわし、下に下にいくものです。
易(先天易)では、南は天(陽)をあらわします。北は地(陰)になります。
陰陽五行説も易も、もとは古代中国の思想というか宇宙観でしょうか。
日本には5世紀あたりに輸入され、日本の風土にあわせアレンジされ発展します。

何かしら関係しているのでは?
まんざら天に昇る舟というのも間違いではないでしょ。


大雄寺に入ると、
空にまっすぐ伸びる大きな楠(樹齢200年程)がすぐ目に飛び込んでくるのです。
台東区の保存樹木になっているほど立派な楠です。

その楠に守られるように抱かれて高橋泥舟は眠っています。
もう沈むことはないんだなーと、なんだかうれしくなってきます。
それと同時に、今どこを航海しているのだろうか?
彼の墓石の前でその木を見上げ、葉の茂みで見えない向こうの空に思いを馳せてしまったりもします。

訪れたその日は、急に夕立のような雨が落ちてきました。
パサパサパサと上の方で音が聞こえます。
本当に濡れないのかもしれない・・。
見上げていた目線をゆっくり目の前にある高橋泥舟と刻まれた墓石に戻しました。

涼しげな顔で、泰然自若とそこに彼が座っている・・。

こんな心躍る雨もそうそうないでしょ。
一人頷き、手を合わせながら、しばらく雨宿りさせてもらいました。


面白い本に出合うと、
恥ずかしいけれど、
こんなことがあったり、なかったり・・。

うん、とにかく物事のきっかけにはなると思う。

とにかく受験生は大学生になったらたくさん本を読んでみてください。

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:0

TrackBack URL for this entry
http://bidai.tv/mt/mt-tb.cgi/6858
Listed below are links to weblogs that reference
雨傘 2 from 美大日記::タマビの米山

Home > 雨傘 2

検 索
更新順
Links
Feeds

Return to page top